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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)8333号 判決

原告

株式会社レストラン阪神

右代表者代表取締役

近藤孝

右訴訟代理人弁護士

山上和則

岩﨑任史

馬場昭彦

被告

マカロニ食堂株式会社

右代表者代表取締役

杉原利樹

右訴訟代理人弁護士

松尾敬一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、別紙物件目録記載二の売場部分を明け渡せ。

第二事案の概要

一本件の概要

本件は、被告が、原告との間で締結した「販売業務委託契約」と称する契約(以下「本件契約」という。)によって、原告の管理する別紙物件目録記載二の売場部分(以下「本件売場部分」という。)において、スパゲッティ等の販売をしていたところ、被告の代表取締役及び役員全部の交替(これは、組織、又は営業上重要な事実の変更に該当)を、被告が原告に届け出なかったことが、本件契約の解除事由に該当するとして、原告が、本件契約を解除(又は期間満了による解約を告知)して、本件契約の終了による明渡約定に基づき、被告に対し本件売場部分の明渡を求めている事案である。

二争いのない事実(一部証拠による認定を含む。)

1  原告(旧商号「阪神喫食株式会社」)は、飲食店及び喫茶店の経営ならびに食料品等の卸売及び小売業等を営む株式会社であり、被告は、各種飲食業を営む株式会社である(当事者間に争いがない。)。

2  本件売場部分は、訴外阪神電気鉄道株式会社(以下「阪神電鉄」という。)が所有し、訴外株式会社阪神百貨店(以下「阪神百貨店」という。)が、阪神電鉄から賃借している別紙物件目録記載一の建物(以下「本件建物」という。)の地下二階部分にあり、原告と阪神百貨店との間の業務委託契約に基づいて、原告が管理運営している物件である[〈書証番号略〉、証人今北雅万(以下「今北」という。)、原告代表者]。

3  原告と阪神百貨店との間の右業務委託契約によれば、原告は、本件売場部分を含む本件建物の地下二階部分の管理運営につき、阪神百貨店の承認を得たうえ、第三者に対して、さらにその業務を委託することができることとなっている(〈書証番号略〉、証人今北、原告代表者)。

4  原告は、阪神百貨店の承認を得て昭和五七年四月一日、被告との間で、本件契約を締結し、被告は、右契約に基づき、本件売場部分においてスパゲッティ等の販売業務を行ってきた(当事者間に争いがない。)。

5  本件契約書第一〇条によれば、被告は、その商号、住所、組織、代表者、営業種目等営業上重要な事項について変更があった場合は、直ちに原告に届出なければならない旨定められており、同契約書の第一二条によれば、被告又はその代表者が本件契約の条項に違反した場合、原告は、直ちに本件契約を解除することができる旨の定めがある(当事者間に争いがない。)。

6  本件契約書第一五条、及び本件契約と同時に原被告間で締結された覚書によれば、本件契約の有効期間は、昭和五七年四月一日から同年九月三〇日までであるが、契約期間満了の三か月前までに、双方から解約の意思表示がないときは、契約更新の手続を経ることなく、さらに六か月延長されるものとし、爾後も同様とする旨の定めがある(当事者間に争いがない。)。

7  本件契約書第一四条によれば、本件契約が終了した場合には、被告は原告の指示に従い、直ちに被告所有の物品を原告の店外に搬出し、原告又は原告の顧客から預ったものがあるときは、これを原告に引き渡さなければならない旨の定めがある(当事者間に争いがない。)。

8  また、本件契約書によれば、原告が指定する商品及び売場は、原告の都合により何時にても変更することができ、被告はこの変更に異議を申立てることはできない旨(第一条)、原告は被告に対し、その業務処理の報酬及び費用(以下「報酬等」という。)として、契約期間中の売上金からその1.8割を控除した額に相当する金額を、原告の定める内規によって支払い、被告は、右業務の処理上特別の費用を要した場合でも、これ以上の報酬を一切請求することができず、原告が被告に対し債権を有するときは、被告は、原告が何らの手続を要せず、その債権を報酬等の支払債務と相殺することを承認する旨(第三条)、右業務から生ずる売上代金はすべて原告の所有に属し、原告は、これを毎日収納する旨(第四条)の定めがある(当事者間に争いがない。)。

9(一)  被告の代表取締役には、昭和五〇年二月八日から同六〇年三月一四日まで、川崎安夫(以下「川崎」という。)が、同月一五日から同年一〇月三一日まで、川崎及び押谷治夫(以下「押谷」という。)が、同年一一月一日から昭和六一年三月二〇日まで、押谷が、同月二四日から同年四月一五日まで、山川一(以下「山川」という。)が、同月二四日から同六三年六月三〇日まで、長谷川敏が、同日から現在まで、杉原利樹(以下「杉原」という。)が、それぞれ就任している(当事者間に争いがない。)。

(二)  また、昭和六一年四月一五日には、当時の被告の役員全員、すなわち、取締役の川崎、押谷及び山川と、監査役の長谷川明が辞任し、同月二四日、新たに、取締役として、長谷川敏、木口五郎、木村保夫、堀川剛、及び杉原が、監査役として岡本醇蔵が、それぞれ就任している(当事者間に争いがない。)。

10  原告は、昭和六三年六月二五日被告に到達した書面によって、同年九月三〇日限りで、本件契約を解除する旨の意思表示又は期間満了による解約の告知をした(当事者間に争いがない。)。

三当事者の主張

1  原告

(一) 本件契約の性質は、賃貸借契約とは根本的にその性質を異にし、借家法の適用のない業務委託契約である。

(二) 被告は、原告に対して、前記二9(一)記載の各代表取締役の交替のうち、昭和六一年三月二四日、押谷から山川への交替(以下「本件代表者変更」という。)、及び右9(二)記載の役員全員の交替(以下「本件全役員の交替」という。)の届出をそれぞれ怠ったが、本件全役員の交替は、本件契約書第一〇条の「組織」、「営業上重要な事項」の変更に該当する。

したがって、右各届出を怠ったことは、それぞれ本件契約書第一〇条に違反するから、同契約書第一二条所定の本件契約の解除事由に該当する。

(三) そこで、原告は、被告に対し、昭和六一年九月一九日、口頭で本件契約を解除する旨の意思表示を、さらに、前記のとおり、同六三年六月二五日到達の書面によって、同年九月三〇日限りで、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(四) また、原告は、本件の問題等が存するため、阪神百貨店の計画する本件建物の地下二階部分の店内改装、売場の新設、削減、配置換え等の大規模な売場整備を実施できず、また、右事情や被告関係者の不祥事により、被告との信頼関係も完全に破壊されたので、被告に対し、右書面によって、同年九月三〇日限りで、本件契約を解約する旨告知をした。

(五) したがって、本件契約は、遅くとも昭和六三年九月三〇日に終了したから、本件契約書の第一四条に従って、本件売場部分の明渡を求める。

2  被告

(一) 被告は、本件代表者変更及び本件全役員の交替について、事後に原告に対し届出をしているから、原告主張のような解除事由としての義務違反はない。

(二) 仮に、解除事由が存したとしても、本件契約は、賃貸借契約又は少なくとも賃貸借契約の要素を含む混合契約であるから、原告が被告に対し、本件売場部分の明渡を求めるためには、被告が原告との信頼関係を破壊した等の正当な理由が必要であると言うべきところ、本件には右正当な理由は存しない。

(三) 被告は、原告主張の解除事由発生後も、従前どおり、原告に対し賃料を支払い、又は原告から報酬等の支払いを受けており、本件契約は、黙示に更新されている。

(四) 原告の本件契約の解除ないし本件解約の告知は、権利の濫用であって許されない。

四争点

1  本件契約の性質。

2  本件契約の解除事由の存否。

3  本件契約の解除等は、権利の濫用として許されないか。

第三争点に対する判断

一争点1(本件契約の性質)について。

1  証拠(〈書証番号略〉、証人今北、原告代表者、被告代表者)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 百貨店は、一般的に、店舗内の有効利用を図って売場やレイアウトを適宜に決定する必要性が高い業務形態であるところ、特に、阪神百貨店は、全国に本件建物の一店舗しかないことから、顧客のニーズに合わせて臨機応変に売場を設定するなど、限られたスペースを最大限有効に活用する必要性が極めて高く、そのため、本件建物内で営業をする外部の業者との契約に当たっては、賃貸借契約とは異なる趣旨の契約であることを要し、借家法等の適用の排除を前提とする必要があった。

(二) 本件契約に関し、原告又は阪神百貨店と被告との間には、通常賃貸借契約に付随する権利金、敷金、保証金等の金員の授受は全くされていない。

(三) また、本件売場部分における営業の売上代金は、原告が、阪神百貨店に代って、被告から毎日全額を収納したうえ、その一八パーセントを歩金として控除して、被告に返還する形式をとっており、右歩金は、通常月額や年額等によって固定される賃料と異なり、その日の売上の増減に従って、増減し、最低補償額の定めもないものである。

(四) 本件売場部分の営業のための食品衛生法上の許可は、阪神百貨店の名で受けており、右許可証には、原告及び被告双方の名称は、記載されていない。

(五) 本件売場部分における営業について、原則として、阪神百貨店が決めた包装紙を使い、領収証やレシート等も、阪神百貨店の名前で発行されている。

(六) 本件売場部分を含む地下二階の売場に関しては、阪神百貨店及び原告がその指定及び変更を何時でも指示することができ、現に被告は、昭和五七年七月、阪神百貨店が実施した大規模な店内改装等を内容とする「リフレッシュ計画」に従って、現在の本件売場部分に売場の位置を変更した。

(七) 本件売場部分に関する水道、電気、ガス、空調及び照明等については、阪神百貨店が契約の主体であるが、本件売場部分に固定されているカウンター、椅子等、また、営業に必要な什器備品類は、被告の費用負担で備えられており、かつ従業員の採用や給料の支払も被告が行っている。

(八) 被告は、本件売場部分を含めて五店舗で「サンレモ」の名称で、スパゲッティ販売のチェーン店を営業しており、本件売場部分においても、「サンレモ」の文字の記入された箸袋やナプキン等を使用している。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 以上の事実を総合すれば、被告の本件売場部分における営業は相応の独立性を有するものと言えるが、他方、賃貸借契約に通常付随する権利金、敷金等の授受が当事者間に全くなく、原告の収得する金員も日々の売上金の一定割合をもって定められる歩金であって賃料とは全く異なること、売場の設定、変更等について原告の強い権限が及んでいること、さらには契約当事者の意思などを併せ考慮すると、本件契約は、賃貸借契約であると言うことはできず、借家法等の適用のない販売業務委託契約であると言うべきである。

二争点2(本件契約の解除事由の存否)について。

1  証拠(〈書証番号略〉、証人今北、同川崎、原告代表者、被告代表者)によれば、以下の各事実を認めることができる。

(一) 昭和六一年五月の連休明けころ、当時被告の営業部長であった杉原が、川崎を同道して、原告代表者と会い、その際、杉原及び川崎は、本件代表者変更及び本件全役員の交替の各事実を、原告代表者に告げた。

(二) なお、その際、杉原及び川崎は、本件代表者変更の事情及び本件全役員の交替の事情等については、あまり詳しく説明せず、主として、山川の後、被告の代表取締役となった長谷川敏について、原告の承認を求める旨及びその就任の挨拶の時期等を話題にした。

(三) 本件代表者変更及び本件全役員の交替の各事実を、原告が知ったのは、この時が最初であり、それまで、被告からは、なんらその旨の届出はなされていなかった。

(四) 原告は、被告を含む業務委託契約の相手方の代表者が変更になった場合、書面による所定の形式の役員変更届を提出してもらうとともに、その旨阪神百貨店の担当部署に報告し、その稟議に掛けることとしていた。

(五) 本件契約書一〇条所定の各事項について、届出を要するものとしている趣旨は、原告が、阪神百貨店から売場業務を再委託されていることから、阪神百貨店の信用に鑑み、委託先の営業状態や代表者等を常に把握しておく必要があるからである。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで、本件契約の解除事由の存否について検討する。

まず、本件全役員の交替が、本件契約書第一〇条に定める「組織」、「営業上重要な事項」の変更に該当するか否かについて考えるに、たとえ物的会社たる株式会社においても、その経営陣が全員交替することは、従前の株式会社とは内部組織が変り、営業形態において、実質的にその中身が一変する場合が十分予想され、右の様な事態は、同条項に例示されているところの「商号、住所、代表者、営業種目」と同程度の重要性を有している事柄であるから、特段の事情がない限り、右「組織」、「営業上重要な事項」の変更に該当すると言うべきである。

ところで、前記認定のとおりの本件契約書一〇条の趣旨及び同条の「直ちに」との文言からすれば、同条の届出は、その事後直ちになされるべきものと言うべきところ、前記認定のとおり、被告の杉原及び川崎が、原告に対して、本件代表者変更及び本件全役員の交替を報告したのは、昭和六一年五月の連休明けころであることからすれば、右事情の届出を直ちになしたと言うことはできず、同契約書第一二条所定の解除事由に該当すると言わざるを得ない。

三争点3(本件契約の解除等は、権利の濫用として許されないか)について。

1  証拠(〈書証番号略〉、証人川崎、原告代表者、被告代表者)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告は、昭和三四年三月ころ、阪神百貨店との間で、本件契約と同旨の契約を締結してから、現在に至るまで、途中昭和四九年八月に原告が設立された後も、原告との間で本件契約と同旨の契約を締結したうえ、本件建物の地下二階部分において、スパゲティー販売の営業を継続してきた。

(二) その間、昭和五七年七月、阪神百貨店が実施した前記「リフレッシュ計画」に従って、被告は、現在の本件売場部分に売場の位置を変更する等、阪神百貨店に協力してきた。

(三) 本件代表者変更は、押谷が、金銭上のトラブルを起こしたことに起因し、山川の代表者就任は、長谷川敏が代表者に就任するまでの暫定的なものであった。

(四) 本件契約においては、代表者に変更があったときは、原告が新たな代表者を不適当と認めたときは、原告が本件契約を解除できる旨約定されているが、組織又は営業上重要な事項の変更があったときは、これを不適当として、原告が本件契約を解除できる旨の約定はなされていない。

(五) 被告は、本件代表者変更及び本件全役員の交替後も、スパゲティー販売の業務を継続して行い、本件売場部分以外の「サンレモ」チェーン店において、順調に業績を伸ばし、本件売場部分においても、顧客に迷惑をかける等阪神百貨店の信用を傷つけるような行動をしていない。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  以上認定の諸事実を総合すれば、次のとおり言うことができる。

すなわち、本件契約が賃貸借契約と認められないことは、前記判示のとおりであるが、原被告間の本件契約に関する前記来歴経過に鑑みれば、原告が解除や解約告知等によって、一方的に本件契約を破棄するためには、解除の事由やその背景事情等において、右来歴経過からみても止むを得ないと言えるような合理的理由が必要であると解するべきである。

そして、原告主張の解除及び解約告知が、株式会社たる被告における本件代表者変更及び本件全役員の交替の各届出の怠り(遅れ)を理由とするに過ぎないこと、ところで、前記のとおり、被告において右届出の怠り(遅れ)はあるが、仮に右届出の怠り(遅れ)がなかったとしても、代表者の変更については、原告において新代表者を不適当として本件契約を解除できるが、届出の怠り(遅れ)があった、山川の代表者就任は暫定的なものであるから、原告が右就任を理由として本件契約を解除できる余地はほとんどなく、組織又は営業上重要事項の変更については、原告において、これらを検討して本件契約を解除できる約定はなされていないので、右を理由として、原告が本件契約を解除できる余地は全くなく、したがって、本件の場合、前記のとおり、被告の届出の怠り(遅れ)があるといっても、怠り(遅れ)がない場合と原告の採り得る措置に何ら変りはなく、右の怠り(遅れ)によって、原告が不利益ないし損失を被り、又は採り得た措置等を実行する機会を失ったことを認めるに足りる証拠はない(前記認定の諸事情によれば、むしろ、右のような事態は生じていないことが推認できる。)こと、本件代表者変更及び本件全役員の交替の背景として、被告代表者(押谷)が金銭上のトラブルを起こした事情があったものであるが、これによって、原告ないし阪神百貨店の信用が毀損される等好ましくない事態が生じたわけではなく、新代表者に右のような事情があったものでもないので、むしろ、この場合、右旧代表者(押谷)が退いて、新代表者が就任することが望ましいこと(右役員交替は、そのような望ましい事態になったと言えないでもない。)、しかも、前記認定のとおり、これまで被告は、阪神百貨店の店内改装に協力しており、これによれば、今後も同様の協力が見込まれ、被告において、特に原告との信頼関係を破壊するような行為をした形跡が見受けられないことを考え併せると、原告において、一方的に本件契約の破棄を是認できるに足りる合理的な理由があるということはできず、他に、本件契約解除及び本件解約告知に、実質的な理由が見い出すことはできない。

そこで、右の諸点を総合勘案すると、原告主張の本件契約解除及び本件解約の告知は、権利濫用と言うべきであるから、その効果はいずれも発生せず、被告は、本件売場部分の明渡義務を負わないと言わなければならない。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官山﨑末記 裁判官内藤正之 裁判官黒田豊)

別紙物件目録〈省略〉

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